先週事故で死んだ栄二が、ビール片手に「よう」なんて言うから
玄関先で僕は思いっきり固まってしまったんだけど
「死んだんじゃなかったっけ?」
「死んだよ。」
栄二は笑顔で「飲もうぜ」と缶を揺らした。
「別に未練なんてなかったつもりなんだけどなあ」
2、3缶空けた後で栄二がつぶやいた。と言っても相手は死んでるから、空けたのは僕だ。栄二が美味そうに飲んだ後、ほいと手渡された缶の中には一缶分のビールがなみなみと残っていた。経済的かもしれないが栄二は不満そうだ。飲んだ気もしなければ酔いもしないらしい。
「普通迎えが来るとか光が見えるとか言うじゃんか。そういうの何にもないんだけど、死んだらその後はどうすればいい?」
「僕に訊かれても…。本当に何もないのか?」
「うーん。強いて言えば、なんかもっと生きたかったっていうか」
「ばっかおまえ、それのことを未練っつうんだよ」
「…おとといあたりに気づいたんだ。俺もっと生きたかったんだって」
栄二の目が真剣になったので
「なに。聞くよ」と僕は身を乗り出した。
「俺さ、生きてるときは別に死ぬのなんて怖くなかったんだよ。やりたいこととかないしさ、こうなりたいって夢もないしさ。ただ死ぬまでの時間をつぶすだけならジジイになって死んでも今死んでも同じだろとか、思ってた」
「言ってたな」
「…夢なんて。ビッグになりたいとかもなければ、マイホームほしいとか、ガキ二人ほしいとか、そんなんも無かったんだ」
そこで言葉をきってビールを呷った。
「でも死んだってわかってから初めて、もうバイク乗れねえなと思ったんだ。そしたら急に他の事思い出しちゃってさ。峠越えしてみたかったなとか、コイツでアメリカ横断してやりたかったなとか。親に借りた学費返してないことも。ヘリに乗って見に行くナイアガラツアーもまだだし、大阪の食い倒れすら行ったことない」
「そういや僕も大阪行ったことないな。国内だし、いつでも行けるんだからいつか行こうなって言ったきり、結局行けずじまいだったんだな」
「ほら。だからそれだよ」
こっちを向いて、半ば睨みつけて栄二は
「生きてるってことに安心していつでもできるとか思ってるとな、俺みたいになるんだ。俺にも夢があったんだ。こういうなんでもないような予定のことを日本語では『夢』って言うんだよ。くだらねえくらい些細なことでも、死にきれねえほどには楽しみにしてたんだよ。死んでからわかったよ」
悔しそうに僕を見て、
「いいよなあお前、生きてて」
恨めしそうにつぶやいた。
その重い空気に一瞬僕はたじろいだ。
「…こええっつの。それじゃまさにうらめしやーじゃねえか」
空気を変えようと軽口を叩いた。
「死人バカにすんなよ。祟るぞ」
笑って言った栄二は、もうすでにいつもの栄二だった。
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何気ない日常の会話のようにして、死者とお話しをしてますね。
まったく、違和感のない言葉に生きていることの大切さと、本当の夢や、やりのこしたこと、やりたいことって何ということを気づかせてくれます。(僕自身にも)
軽い口調の思い話しですね。
アディオス