六段変速付きの自転車を買ったはいいけれど、使おうとすると車庫にないので困っている。
誰かが使っているわけではなくて(自転車を使うのは5人家族の中では私だけだし)、気づくと戻っていたりする。だからたぶん泥棒のしわざでもない。
自転車屋さん曰く
「それは放浪癖かもしれませんね。うちでも修理はできますけど、買ったばかりだったら不良品として販売元に返品なさったほうがいいんじゃないですか」
返品と聞いて胸がちくりと痛んだ。
放浪癖だったら私にもある。気持ちはわかる。別にどこかが壊れているわけではないし、走れるし、不良品だと言っても自転車にしてみればただ走りたいだけ。そして自転車は走るために生まれてきたものだ。
走りたいのか、そうかそうか、じゃあ走ればいいだけのことじゃないか…と、妙に感情移入してしまったのだった。人間臭い欠陥を持ったこの機械に。
そう言うわけで、自転車の放浪欲求を解消するため(と、私の運動不足解消のために)最近の週末はサイクリングに行くことにしている。運動ってやっぱり体にいいと思う、寝つきがよくなった気がする。自転車も喜んでいるような気がする。
大通りから裏道に入る通りに大層洒落た洋燈が建っていた。昨今はランプと呼び親しまれていると聞く、あの街灯である。ははあやはり苦情が出たのだ、これは便利になったとひとり頷いた。というのもこの路は日が暮れてしまうと本当に闇なのだ。つまづきはしないかと戦々恐々手探りで歩かねばならない。暖かい光はまるで日本ではないような非常に幻想的な光景を醸し、なるほどランプとはこういうものかと感心したのであった。
さてそのことを家人に伝えると、何とも怪訝な顔をされた。あまりに信じようとしないのですぐに連れて出たのであるが、はたしてその路に街灯などはなく、ただいつものように闇が広がる不便な路なのであった。
それ以来ランプは見ない。
雲は重く垂れ込めてはいるけれど、空気はからりと流れている
乾いた草のにおいが、さあっと脇を通りぬけてゆく
「アンダルーサでも弾きましょうか」
磨きこまれて黒光りするグランドピアノに持たれかかって、髪の長い少女は不敵に笑った
「ワルツだっていい、あなたさえ良かったなら」
草原の風は その滑らかな素足にさらさらと音を立てる
透明な音を予感させるピアノにも、風は平等にさらさらと音を立てる
随分と無沙汰をしていた友人から突然小包が届いた
見ればそれは一匹の手乗りの象であった
つい先達て、可愛がっていた獏を亡くした。その悲しみもさる事ながら、それよりも家の中はあふれ出た夢で大変なことになっていた。トイレのふたからは雲が湧き出るし、湯を沸かせば丸いボールが部屋に漂い出るし、布団なんてあっちこっち好き勝手な部屋に移動して楽しんでいる。この前など、洗ったばかりのタオルが水たまりで遊びはじめて洗い直しを余儀なくされた。そろそろ新しい守を飼わなければいつまでたっても家の中がおちつかない、ということは頭ではわかっていたのだが、飼われる側の事を考えればできるだけ適当には選びたくなかった。
この友人は不精の知己を思ってこの象を贈ってくれたのだろう。会えば必ずこの話をしていたから誰かから聞いたのかもしれないな。
象は箱から出るなりまず台所に向かうとチェダーチーズにむしゃぶりついた。獏はりんごを好んで食べたが、この象は何が好みだろうか。
きらきらと輝く小さな瞳を眺めながら、一分ごとにチャンネルを変えているラジオを聴くともなく聴いていた。
大きく息を吸って、吐きながら夜空を見上げて
一番最初に見た星を今日の目的地にします。
目を逸らしちゃいけないんです。まばたきもできるだけしないようにします。
ただまっすぐに見すえたまま、風をほほで感じながら歩きます。
ここで大事なのは信じてすすむこと。あしもとで子猫が横切ったかもしれない、空き缶をふみつけて転ぶかもしれない、でもそれはいっさい考えないでまっすぐに歩きます。
そうするとだんだんと星が大きくなっていって、地面の感触がちょっとだけやわらかくなったように感じられるはずなのです。
たぶんそこで目をはなさなければ、いつか星につくはずなのです。
でもどうしても途中でまばたきをしてしまうから、今日も私はここに帰ってきてしまいました。
窓を開けると海がみえるこの喫茶店は
昼にきても夜にきてもすこし暗いのです
夜はオレンジ色のランプを灯すから、夜のほうがあかるいかもしれません
古びた蓄音機はおなじ旋律をくりかえし、くりかえし語りますが
ヨウコは気にしていないようです
リズムにあわせて氷がワルツを踊るけれども、それはおせじにも上手とはいえないので
人はぶつからないように気をつけながら席をさがします
ヨウコはくるくるまわる氷をつかまえて、アイスピックでとととんと削ったらグラスにかちんと入れてくれるのです
旋律ののこりがパチパチはじけるスコッチは、ゆっくり飲むにはげんきがよすぎるけれど
ざざん、ざざんと響くさざなみと
ヨウコのきれいなハミングは
ひんやりとしたこの飲みものによく似合っていたのでした
その曲はなんでしたっけと訊いたなら、ドビュッシーのアラベスクですよとヨウコはほほえみました